汗の働き
エクリン汗腺からの発汗は、体温調節機能、湿度保持機能だけでなく、最近では細菌、ウイルスなどの侵入を防御する自然免疫機能が注目されています。
漢方でも汗に深く関わりのある「衛気」は防御機能のことで、昔から汗と病原菌などの闘う抵抗力とは関係しています。
西洋医学的な多汗症の分類・病態・疫学
多汗症には、全身性と局所性、またそれぞれに原因疾患のある続発性と、原因のわからない原発性があります。
2010年、原発性局所多汗症についての診断・診療ガイドラインが作成されています。
掌蹠多汗症(手のひら・足の裏)
手のひらや足の裏にはエクリン汗腺が多いところですが、多汗症の人と正常の人とでは、その個数や分布、形状に差はありません。この場所の発汗は精神性発汗です。症状の重い場合、手足は絶えず湿って指先が冷たく、紫色調を帯びていることがあります。これは発汗神経だけでなく、血管運動神経も亢進しており蒸散と血管収縮により皮膚温度が低下したためと考えられています。発汗量は昼間に多く、覚醒時に増加しますが、大脳皮質の活動が低下する睡眠中は発汗は停止しています。
腋窩多汗症(脇の下の汗)
脇の下は温熱性発汗と精神性発汗の両方が共存する特殊な環境です。手のひらや足の裏の多汗症を伴っていることもあります。
頭部・顔面多汗症
男性に多く、長期間持続し、憎悪していくことがあります。髪が濡れ汗が滴り落ちるほどの発汗は、通常数分以内に収まるが、数時間から1日中続くこともあります。熱いものの飲食・情緒的ストレスによって発汗します。
また、原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂には、「原発性多汗症の特徴として、社会的な活動範囲が広く、生産性のある年代の罹患率が非常に高いことが挙げられる。患者は精神的な苦痛を受けており、この疾患では恥ずかしいといったような精神的要素が多くの患者に見られる。患者の医療機関への受診率は6.3%であり、疾患概念と治療についての診療ガイドラインの普及がさらに広まることが望まれる」と記載されています。
西洋医学的な治療法
塩化アルミニウム水溶液の外用
全ての原発性局所多汗症に対して、第一選択となります。継続して使用することで、表皮内の汗管がダメージを受け続け、分泌細胞の変性が起こり分泌機能を失うという器質的な機序が考えられています。2〜4週間ほどで効果が現れる場合もありますが、個人差も大きく、半年〜数年使用を続けないと効果がないこともあります。副作用で、塗った部位に刺激性の接触皮膚炎が出ることがあります。半数くらいの人に出たという文献もありますが、使用回数を減らす(または中止する)ことや、ステロイド軟膏の外用で軽快します。
○手のひら・足の裏・・・20%~50%を単純塗布/重症時はODT療法(大量に塗布した後ゴム手袋やラップなどで覆って就寝し、翌朝洗い流す)
○わきの下・・・10~35%を単純塗布/重症時はODT療法
○顔・頭部・・・10~20%を単純塗布(刺激が強く出やすい部分であるため、低濃度。粘膜への塗布は避け、接触性皮膚炎に注意が必要)
A型ボツリヌス毒素の局注
腋窩に対して、国内外で推奨度が高く、2012年より保険適用となりました。一方で、手のひら・足の裏・顔や頭部に関しては注射の際の痛みのコントロール方法や投与量の見解が統一されておらず、日本のみならず欧米でも保険適応にはなっていません。
ボトックス®は原発性腋窩多汗症患者の96.2%において発汗重量を50%以上減少させたという報告もあります。 (大嶋雄一郎ほか. 西日本皮膚科. 2013;75:357-364)
イオントフォレーシス
手のひら、足の裏には非常に有効な治療法です。汗の多い手のひら、足のうらを水道水の入った容器の中に浸し、10~20mAの直流電流を流す方法です。1回30分の通電を8~12回行うと汗の量が減ってきます。治療効果を維持するために、その後も1週間に1~2回行うこともあります。作用機序として通電することにより生じる水素イオンが汗の出口を障害して汗を出にくくするのではないかといわれております。
胸腔鏡下胸部交感神経遮断術(ETS)
手のひらの多汗症に対して主に行われます。脇の下を3か所ほど切って、背骨近くの交感神経の繊維を見つけて切断します。傷は極めて小さく、負担は少ないです。根治的な治療として行われることも多いですが、ガイドラインにはETSが有効であるという文献が少なく、合併症の存在も無視できないとの記載があります。主な合併症は代償性発汗です。ほぼ全員に起こります。これは、胸や腰、腹、大腿部などの汗が多くなるという現象です。代償性発汗の程度は個人差が大きく、予測は不可能です。また、術後に手のひらが乾燥しひび割れができるなどということもあります。極めて稀ではありますが、心拍数減少や不整脈など心臓へ影響ができることもあるようです。
中医学で汗とは?
汗血同源・汗は心の液
中医学では「汗」というものを非常に重要視しています。例えば、筋肉を温め潤し、皮膚を健康に潤しているのは、汗液の為すところです。その汗液は津液(水分)の一部です。また、津液は血の一部でもあることから、「汗血同源」といわれています。また、血は血脈を主る「心」に属しているので、「汗は心液なり」ともいわれます。大量に汗をかくということは、津液、血液を損なうのです。また急激に津液を失うと、直接に筋肉に影響し、痙攣を引き起こしたりするのですが、これはよくスポーツ選手にみられます。ですので、女性に多い「血不足」タイプの方が大量発汗すると、よくないことがあります。そういう方が、流行りのホットヨガやサウナなどを日常的に行うのはあまりおすすめできません。
汗は陰陽のバランスが鍵
漢方では陰陽という考え方があります。万物すべての物・現象は、「陰」と「陽」の相反するものから成り立っているという考え方です。例えば、男(陽)と女(陰)とか、表(陽)と裏(陰)などです。人間の体をこの考え方でみると、「気」は「陽」、「血」や「津(水)」は「陰」となります。陽が多い方がよいというわけではなく、陰陽のバランスがとれていることが健康だけでなく、すべてにおいて大事です。
汗は津液(陰)に属していますが、汗の分泌と排泄は気(陽)の推動作用(動かす作用)と固摂作用(漏れ出ないようにコントロールする作用)に依存しているので「陰と陽、加わりて汗を為す」といわれています。西洋医学的に発汗は体温調節のためですが、中医学的にも、通常の生理的な状態において、陰陽のバランスを取るために発汗します。そのバランスが崩れることで汗の異常が起こるため、漢方での汗の治療は陰陽の調節をはかる必要があります。
中医学的な多汗の原因と治療方針
衛気虚
体の表面を守ってくれている「気」を「衛気(えき)」といいます。この衛気には防御作用があり、ウイルスや細菌、寒さ暑さから身を守ってくれています。また、体の必要なものが漏れ出さないよう守る作用(固摂作用)もありますので、毛穴の開け閉めとも関係しています。衛気が不足すると、汗が漏れだすように出てきます。そのほかにも、風邪を引きやすく、長引く傾向にあります。
<代表処方>
・補中益気湯:気を補う作用がとても強い。
・防已黄耆湯:気を補うだけでなく、水分代謝も高める。
・八味地黄丸/六味地黄丸:衛気の原料となる「腎」の力を高める。
営衛不和
陰陽のバランスが崩れた状態です。「営気」という全身を滋養し潤す作用のある気と、「衛気」という防御機能や体温調節機能などを行う気はお互いのバランスが取れてはじめて機能します。汗腺の開け閉めなどもこのバランスが重要になり、乱れると悪寒がしたり、蕁麻疹が出たりすることもあります。
<代表処方>
・桂枝加竜骨牡蠣湯:不眠や動機、不安感など精神的な症状を伴うものに。
・桂枝加黄耆湯:体力が落ちていて風邪をひきやすい方に。
顔から吹き出す汗の改善例
21歳、真面目で周りに気を使いすぎてしまう、やさしい大学生のお話です。汗が気になり始めたのは中学生のとき。運動するとべたべたの汗が、顔や首、脇から出るようになりました。大学生になり、通学は自転車で駅までいき、そこから電車に乗るという生活がはじまりました。そうしたところ、自転車に乗った後、電車の中で顔から汗がふきだすようになりました。朝のラッシュ時、周りにたくさん人がいることが気になり始めてからは、どんどん汗がひどくなっていきました。
実はこの方、過去に川崎病になったことがあります。そして、過敏性腸症候群もあり、授業中にお腹が痛くなったり、下痢が一週間続いたりすることがあります。緊張しやすい性格は昔からだそうで、気を使いすぎてしまい、友人関係も面倒になってしまうことがありました。
体質的には、体の潤いが不足しているタイプ。完治していますが、川崎病もこの体の潤い不足が原因になったのだと推察できます。漢方は体の潤いを補うことで、自律神経の異常な興奮をおさえ、汗を抑える効果のあるものをのんでいただきました。のみはじめて10日くらいで少し効果がではじめ、2ヵ月後のゼミの発表会では緊張したにもかかわらず、汗が気になる事はありませんでした。お腹の調子も安定するようになり、何よりも自分に自信がもて、気持ちが前向きになったことが何よりも嬉しいとお話しくださいました。
そして、今まででは考えられなかった大人数の前での発表をしたり、インターンシップや就職活動も前向きに取り組めました。そして、希望する会社に就職が決まり、大変喜んでいました。
陰虚火旺
体の水分や血が不足すると、陰陽のバランスが崩れ、「陰虚」という状態になります。そうすると相対的に「陽」が多くなってしまうため、体にくすぶった「虚火」が生じます。この虚火の熱が体の水分を体外へ押し出すため汗が出ます。昼間陽気が体表面を巡っているのに対して、夜間寝ている間は陽気は内をめぐるため、夜間は熱がこもりやすくなり、寝汗(盗汗)となります。
<代表処方>
・知柏地黄丸:皮膚や便などが乾燥傾向にあり、泌尿器系のトラブルを伴うものに。
40代男性、仕事のストレスから寝汗の改善例
お仕事でのトラブルがあり解決して終わった話ではありましたが、心の中ではどこか消化しきれない、やりきれない気持ちを抱えているように見えました。その事が終わった後ぐらいから、いろいろな症状が出てきました。
毎日、夜中の3時に起きてその後も何度も目が覚める。寝汗がひどく布団も変えないといけないぐらい。全身、汗だくになる。体重も7kg落ちて、慢性の胃潰瘍になって体調どん底の状態。でも、仕事があるので休めない。とのこと。
体質としては、疲れやすい、寒がり、汗かき、寝汗、爪が時々割れる、目の疲れ・乾燥、胃痛、不安症ということでした。
1ヶ月で劇的改善
この方には、とにかく元気になって頂きたいと思いました。漢方は、元気の「気」栄養の「血」を補ってくれる気血双補剤に加え、精神心的な不安を和らげる「安神薬」の入った漢方を飲んで頂きました。
飲んで約1ヶ月で、寝汗が毎日あったのが2回ぐらいに劇的に減りました。また、夜中に毎日起きていたのが、週に1回ぐらいに減りました。
2ヵ月後、汗はほとんどかかなくなりました。胃痛も減っている。
3ヶ月後、胃の調子が凄く良い。仕事が忙しい割には、夕方、少しだるさが減っている。漢方を飲むと気分が落ち着く。仕事の忙しさもあり、途中で夜中起きる時も出てきた。
4ヵ月後、体重もほとんど元に戻った。少しきつい時があったが、眠気もなく頑張れている。
5ヵ月後、仕事も落ち着き。しっかり寝ている。血圧も良好。
最初の方は、ネガティブな発言が多かったのですが、今はポジティブな発言が多く、笑顔も増え明るくなられお客様本来の姿に戻られたような気がします。
裏熱
体の内側に熱がこもっている状態です。熱がこもる原因は様々あり、それによって対処方法も違います。陰虚火旺も裏熱のひとつです。他には、飲食の不摂生などで汚れから発生した熱(湿熱)や、ストレスがかかり鬱滞したところから発生した熱(肝鬱化火)があります。熱と水分の偏りの両方があると、多汗になりやすいため、湿熱は特に症状がひどく、なかなか治りにくいです。また、精神的なものも熱を発生させる原因になりやすく、また多汗症であること自体がストレスとなり、悪循環になってしまいます。熱は上(頭)や末端(手・足)に放出されやすいため、頭や手足だけの限局した場所に汗をかくことも。
<代表処方>
・竜胆瀉肝湯:粘っこい汗であることが多く、口が粘りやすい方に。
・茵蔯五苓散:余分な水分を多く溜まっていて、下痢や軟便傾向の方に。
・柴苓湯:肝鬱化火と湿の貯留の両方に。貧血傾向や体力低下気味の方は注意が必要です。
・白虎湯:裏熱をとる力が優れています。熱感の強い方に。
よく使われる生薬
黄耆
漢方の世界では一般的に、衛気(体の表面を守る働きのある気。水分など必要なものが漏れ出ないようにする働きもある。)を補うものとして「黄耆」という生薬をよく用います。黄耆は水分代謝も高めるため、衛気の不足による多汗には非常によく用いられます。(代表処方・・・防已黄耆湯、桂枝加黄耆湯、補中益気湯など)
しかしながら、衛気虚の多汗症なら、猫も杓子も「黄耆」というわけでありません。黄耆は主に「脾」と「肺」に働きかけます。衛気が正常に働くためには、「腎」の気を原料にし、「脾」で消化した食物から栄養を受け、「肺」のエネルギーにより分布されなければならず、腎が主役になります。黄耆の入っている処方で治らない時は、「腎」の力を補うことも考えなければなりません。
竜骨や牡蠣
「竜骨」は大型哺乳動物の化石化した骨で、「牡蠣」はカキの殻です。この二つは、漢方的に味が渋いとされていて、渋味で収斂させ、汗などが漏れ出ないようにする働きがあります。また、神経を安定させる作用もあるため、精神的なものを伴う多汗にはよく使用されます。(代表処方・・・柴胡加竜骨牡蛎湯、桂枝加竜骨牡蠣湯)
牡蠣が入った漢方薬で手汗が改善!
出会ったのは中学にあがったばかりの春。小学生の頃から手足の汗が気になり始め、5年生のとき組体操しているときに同級生から言われた一言がショックで自分でもどうにかしたい!と強く思うようになった。治療法をネット検索し手術で治ることを知り、治るものなら手術してでも治したい!と言葉にならないほどの気持ちを泣きながら話してくれました。緊張したり、出てきて欲しくない、と思えば思うほど止まらなくなる手汗。年頃の女の子には本当に泣きたいほど辛い症状だと思います。
自然教室でのフォークダンス
漢方を始めて2ヶ月が経ったころ、汗が前より引いた気がしてあまり気にならなくなり汗の量もそんなに多くはなかった、と良い兆しが見えてきました。ちょうどその頃、9月にある自然教室の班長に自ら立候補!
そしてやってきた9月の自然教室。そこには男子とのフォークダンスが待っていました。小学生のときに味わった辛い思いをもうしたくない!また汗が出てきて止まらなくなったらどうしよう…。きっと辛い過去を思い出し、不安だったと思います。でも焦ったり緊張しなければ手汗は出ない。この頃には自分でもそのことに気づいていたので、「とにかく相手をジャガイモと思うことにしよう!」と笑って送り出しました。結果、このときのフォークダンスでは全く手汗が気にならなかったそうです。
今は日々の生活の中で緊張することが減ってきて手汗が気になることも減ってきました。これから温かくなり汗をかく場面も増えていくかもしれませんが、フォークダンスが大丈夫だったように、一つ一つ自信に変えていってほしいと願います。
石膏
体にこもった熱を取る力に優れています。体にこもった熱が原因で大量の汗が噴き出すような場合で、同時に胸苦しさや口や喉が渇いて大量の水を飲みだがるなどの症状がある場合によく用いられます。主に呼吸器系統(汗をつかさどる皮膚は漢方では呼吸器系統に属します)、胃の熱を取ります。胃が冷えていて、少食の方にはあまり用いない方が良い生薬です。 (代表処方・・・白虎湯、白虎加人参湯、麻杏甘石湯)
全身から整えることが大事!
発汗は自律神経とも深いつながりがあります。その乱れは、どこかで頑張りすぎていたお体の声かもしれません。じっくりご自身と向き合っていただきたいと思います。
参考文献
[詳解]中医基礎理論 東洋学術出版社 著:劉燕池、浅川要他